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SAPIX
Y-SAPIXと呼ばれる、代々木ゼミナールのノウハウとSAPIXのノウハウを掛け合わせた、
超難関大学進学のための予備校が開設しました。
ちなみに現役生専用の塾ですので浪人生は入塾できませんw
最近の塾業界は現役生の取り込みが加速していますね。
もう浪人生だけではやっていけない時代なんでしょうね。
代々木ゼミナール本部校について - その2
前述のように、耐震性・免震性に優れているのはもちろんのこと、
なんと、地上から10階以上も離れたところに屋上庭園という通学している生徒が休息するスペースがあるのです。
新宿のビルから見る景色は最高でしょう。
こんな施設があれば、息抜きにももちろんなりますし、通学する意欲がきっと湧いてくるでしょう。
ただ、聞いた話によると、高層ビル特有の風が非常に強く、
外に出れるときと出れない時の差が激しいそうです。
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代々木ゼミナール本部校 |
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代々木ゼミナール本部校について - その1
10以上からなる一大校舎群をほぼすべて閉鎖しました。
というのも、新宿駅から徒歩10分もかからないところに
ホテルと見間違うほどの超巨大校舎ビルを建設したからです。
この校舎は耐震性・免震性にも優れています。
東日本大震災が起こる数年以上前からすでに校舎の安全を考えていた代々木ゼミナールはさすがですね。
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代々木ゼミナール本部校 |
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理事長・高宮行男
心不全のため東京都千代田区の病院で2009年6月30日に死去されたそうです。
92歳という大往生でした。
高宮元理事長は1917年に北海道滝川市で生まれました。
その後、実家が神職であるため國學院大学神道部に進学し、同大学同学部を卒業。
1943年には増田商事社長増田亀吉の娘と結婚をしました。
増田商事運営のキャバレーや質屋、パチンコ店のチェーン経営に本格的に参画。
1953年、増田商事の予備校経営への進出に伴い、「不二学院」会計を担当します。
その後、増田商事が運営していた予備校の経営権を握り、1959年学校法人高宮学園を設立。
1961年代々木ゼミナールと改称。
自ら理事長に就任し、当時は異例だった無資格入学制度やタレント講師の採用など、
予備校業界に革命を起こします。
その後、代々木ゼミナールを全国規模の事業として展開します。
しかし、1998年12億円の法人所得の申告漏れが発覚してしまいました。
なお、高宮学園元副理事長で元日本入試センター社長の竹村保昭は実弟だそうです。
